リーダーシップと人材・組織開発にAIの大波 潮目変わったグローバルトレンド
ATD-ICE2024現地レポート5月19日から22日まで4日間にわたって人材・組織開発プロフェッショナルの世界最大の会員組織ATD(Association for Talent Development)が今年の国際大会「ATD-ICE2024」を米ニューオーリンズで開催した。現地で同イベントに参加し、セッションやEXPOで垣間見たグローバルな潮流をシリーズでお届けする。
生成AI活用は「選択肢の一つ」から「どう導入するか」のステージへ
初夏の日差しが照りつけるミシシッピ河岸の巨大なコンベンションセンター。今年の会場には77の国・地域から9千人以上が参加した。コンファレンスのセッションは665、EXPOへの出展が349に上り、人材・組織開発プロフェッショナルが一堂に会する世界最大級のイベントという触れ込みも頷ける。
今年の参加者は9000人を超えた
花盛りだったテーマは生成AI(人工知能)。活用が選択肢の一つという位置づけにとどまっていた昨年のATD-ICE2023から1年、導入は前提となり、どう使うかを真剣に検討するフェーズに入ったという印象だ。
実際EXPOではAI活用をうたった出展だけで4割を超えた。分岐シナリオを持った研修コンテンツをほんの数秒で作成するツールや、学習者が自らカスタマイズできる多言語対応のコーチングプログラムなど、労働集約型の人材・組織開発業界からリソースの制約を取り払うインパクトを秘めたツールが目白押しだった。
例えば、スイスに本社を置くSkillGymが開発した、生成AIでハイパフォーマーのロールプレイモデルを取り入れたトレーニングツールは、継続的な組織全体のスキル底上げにつながる可能性を感じさせた。
EXPOでは生成AIを実装したHRテックツールが花盛りだった
一方カンファレンスでも197のセッションがAIをタイトルに冠していた。人気のセッションは立ち見の参加者であふれ、活発なディスカッションで盛り上がっていた。ビデオカンファレンスでは、チャットや投票を使って双方向で議論を深めていたのが印象深かった。人間とAIのコラボレーションをテーマにした「Empowering Collective Intelligence: Co-Creating a Culture of Human-AI Collaboration」では、講師に具体的に使っているAIツールは何かを尋ねる質問があった。ほかのセッションでも聴講者から同様の質問が多く飛び、AIツールの導入に向けた動きがHR業界に広がっていることがうかがえた。
AIに関するセッションに人だかりができていた
① INNOVATE OR DIE:HARNESSING GENERATIVE AI FOR MAXIMUM IMPACT
ノバルティスが自社で開発した研修プログラム作成ツールを紹介しつつ、ADDEIモデルの各ステージに入りこんでいることを示した。
② AI Doesn't Mean "Always Inclusive"
HR領域でのAI導入はやり方次第でDEI戦略の妨げになる可能性もある。AI特有のバイアスを認識して、軽減する対応を取る必要がある。
③ Human-Centered Leadership: Your Edge in a World of AI
世界のリーダーたちがAI導入を自明だと受け止めている実態と、それを踏まえて、必要となる3つのリーダシップスキルを紹介。
④ Empowering Collective Intelligence: Co-Creating a Culture of Human-AI Collaboration
戦略的な人材能力を育成するために、人間と AI の調和のとれたコラボレーションを促進する方法を探る。
リーダーシップの潮流
もちろんAIはあくまで補完的な道具であり、主役ではない。セッションでも「人間中心」という言葉がよく聞かれた。なかでもリーダーシップとマネジメントの開発は従来にも増して大きな課題と位置付けられていた。印象深かったセッションを2つ紹介する。
ビッグプレーヤーのDDIでCEOを務めるテイシー・バイハム氏が、5つのコアリーダーシップスキルを紹介するなかで、世の中のCEOが気にかけていることの上位に次世代リーダーの育成があげられることが示された。この春に日本経済新聞社教育事業ユニットが実施した「人的資本経営調査」と同じ結果となっており、日米で同じ課題を抱えている点が興味深い。
② Creating WOW Leaders: A Case Study in Executive Development
ブーズアレン社によるとリーダーを育成する際、「財務に関する洞察力」に重大なスキルギャップがあることが判明した。
「Recharge Your Soul.」の含意
今回ATD-ICE2024は「Recharge Your Soul.」をメッセージに掲げた。この分野の最先端の知見やツールに触れたり、旧知、初対面を問わず人脈をアップデートしたりすることで、参加者が自身の専門性をパワーアップし、職務への熱量を充電する機会にしてほしいとの意図が込められている。
犬と触れ合い癒される時間も設けられた
基調講演で作家のダニエル・ピンク氏は、変化が激しい環境下でパフォーマンスを上げるために5つのアドバイスを挙げた。うち2つは、「やるべきことを積み重ねるだけでなく、To don't listを作り引き算の発想を取り入れること」と、「隔日で午後に15分の休憩を取り、スマホに触らずに気の合う人と仕事以外の会話をすること」。聴衆に向けてバーンアウトしないためにアクセルを緩めて「Recharge Your Soul.」する重要性を説いた。米国を中心にHR業界に起きている変化の激しさを物語っている。
基調講演で登壇したダニエル・ピンク氏
ATD-ICE2024が開催された今年、環境変化の最たるものが生成AIの台頭だ。22年秋のChatGPT登場で仕事を取り巻く風景は一変。世界経済フォーラムは「仕事の未来レポート2023」で、2027年までに6,900万人の新規雇用が創出、8,300万人の雇用が消滅すると予測する。なくなる仕事から生まれる仕事に個人も組織もシフトを迫られるなか、ヘルスケアと並んでテクノロジーの実装が立ち遅れているHR業界も無縁ではいられない。この波が日本に押し寄せるのも時間の問題だ。HRプレーヤーの浮き沈みはAI活用の巧拙が鍵を握る時代が到来した。
1944年設立の非営利団体で本部は米ヴァージニア州アレクサンドリア。約100カ国以上の国々に約40,000人の会員(20,000を越える企業や組織の代表を含む)を抱える、人材開発・組織開発に関する世界最大の会員制組織。カンファレンス・セミナーの開催、書籍の出版、認定資格の認証など、幅広く活動している。
(日経ヒューマンキャピタルラボ編集長 福家 整)