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「大の里」育てた二所ノ関親方の知恵袋 早稲田・平田ゼミの人材育成術

早稲田大学の平田竹男教授

早稲田大学の平田竹男教授

稀勢の里、桑田真澄、伊達公子、五郎丸歩、福西崇史、川口能活、原晋――いずれもスポーツ界で活躍した元アスリートだが、共通の恩師が存在する。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の平田竹男教授だ。ゼミに「入門」した稀勢の里は、平田教授の指導の下で、二所ノ関部屋を開き、その弟子の大の里は史上最速で初優勝した。マンツーマンによる独自の指導法でトップアスリートのセカンドキャリアを開いた平田流の人材育成法について聞いた。(敬称略)

相撲部屋 なぜ土俵は1つだけ 元横綱に問いかけ

――今、多くのトップアスリートは、引退したらスポーツマネジメントやビジネスを学び直すため、早稲田の平田ゼミの門をたたくと言われています。どんな人材を育てようとしているのですか。

アウエーで戦える人材ですね。トップアスリートは自分たちの世界では勝利の方程式を確立しています。選手の時代は、黙っていても、最新データなどの情報もどんどん入ってくるし、自分の能力やスキルを磨くのに専念していれば良かったわけです。しかし、引退したら、自分で外部のデータを探しに行って、収集・分析して、新しいCPUというか、エンジンを作らないといけません。

次に自分は何を目標に頑張ればいいのかと、新しいカギを見つける必要がある。そして相手の空間、アウエーの世界でちゃんと戦わないといけないのです。選手から解説者に転じる人もいますが、平田ゼミで学ぶと、新たな視点で客観的な解説ができると評判になった人もいます。元投手の桑田さんや元横綱の稀勢の里さん(現在は二所ノ関親方)などもそうですね。

――稀勢の里さんの場合、大相撲で活躍した力士が大学院で学び直す初のケースかもしれませんね。なぜ平田ゼミに入り、何を学んだのでしょうか。

相撲部屋の運営について課題を持っていました。非常に慎重な方でしたが、サッカー界の人材育成法について少し話をしたら、すごく興味を持ち、それで平田ゼミで学びを始めました。私はもともと通産官僚(当時)だったのですが、学生時代からサッカーをやっていて、Jリーグの発足や鹿島アントラーズの発足に携わっていました。鹿島の練習施設はコートが6面あり、いつでも練習できるし、プロ選手からジュニアチームの子供まで、同じ空間で練習していました。当時はブラジル出身の名選手だったジーコがチームにいて、子供と一緒に練習してくれたりしました。自然とモチベーションも上がり人材育成にもつながるわけです。

一方で、相撲部屋には土俵は1つしかない、「なぜなの」と問いかけました。これだと、稽古中に見ているだけの力士もいる。仮に2つあれば、練習時間も半分でいい、効率的ですよね。

稀勢の里さん(右、当時)と平田教授(平田事務所提供)

稀勢の里さん(右、当時)と平田教授(平田事務所提供)

二所ノ関部屋をカイゼン 大の里は史上最速の初優勝

――伝統的な大相撲の世界に新たな気づきを投げかけたわけですね。

別に私は大相撲の伝統にもの申しているわけではありません。あくまで相撲部屋のマネジメントについてアドバイスしただけです。部屋は東京の錦糸町などコストの高いところに集中しているため、大規模な練習施設はつくれないのです。しかも都心に部屋があると、力士は娯楽の誘惑がいろいろあり、稽古に集中しにくい面もあります。稀勢の里さんとは色々な話をしましたが、彼自身が考え、調べた結果、2022年に出身地の茨城県に「二所ノ関部屋」を開き、土俵は2面用意し、待ち時間なく効率的な稽古ができる環境を整えました。さらに力士と地元の子供たちと様々な交流する場としても活用しています。

――大相撲と言えば、食生活のあり方にも課題があるとの指摘もあります。

朝食抜きで練習なんてサッカーなど他のスポーツでは考えられません。相撲界では、朝4時に起きて激しい稽古した後、食事して寝るという古くからの慣習があるけど、それどうなのかと問い、課題解決策を研究してもらいました。力士は糖尿病になる人も少なくない。二所ノ関部屋では徹底的に栄養バランスを考え、朝食もとるスタイルに変わっています。うまく体重を増やし、筋力も上げる研究もやって成果を上げていますね。

――最近は部屋の経営も難しいと言われます。

相撲部屋は、昔からの後援者やひいき筋の「タニマチ」に依存することも多いと聞きます。しかし、これでは安定した資金調達ができません。企業などもスポンサーとした方がいいわけです。二所ノ関部屋には地元企業などが後援会法人会員となり、部屋を支えています。私も一緒に茨城の阿見町の土地を見に行ったりしましたが、立派な部屋ができましたね。

――確かに二所ノ関部屋は躍進しています。23年5月にデビューした大の里はわずか7場所目で幕内初優勝しました。マンツーマン指導で相撲部屋の運営を大きくカイゼンしたわけですね。

教育者は「えこひいき」をしてはいけませんね(笑)。毎年10人前後がゼミに入りますが、私はみんなをひいきしています。時間のある限り、それぞれの課題に寄り添っています。そして各人が課題解題策を研究して最後は修士論文にまとめてもらっています。

早稲田大学

早稲田大学

バスケは「勝つ」、テニスは「稼ぐ」の課題解決も支援

――新たな視点を身につけ、各スポーツ界の従来の「常識」を超えた課題解決策を探っているわけですね。

プロスポーツ界の課題と言っても要は「勝つこと」「稼ぐこと」「普及すること(=人気を高めること)」と至ってシンプルです。このトリプルミッションの好循環が大切なのです。例えば、今人気となっているバスケットボール界の課題は、五輪に向けて勝つことだった。女子は前回の東京五輪で銀メダルを獲得しましたが、男子もついにパリ五輪への自力出場権を手に入れました。バスケ協会の指導強化部門にも私の教え子が何人かいます。

その一人の技術委員会委員長の東野智弥さんはバスケ躍進の仕掛け人と言われています。彼がゼミに入った時は「敗北思考」脱却を徹底的に指導しました。そして東野さんは、平均身長は日本人とほぼ変わらないのに、44年ぶりに五輪出場するや、アテネ五輪で金メダルを獲得したアルゼンチンの研究を始めました。これは面白いと思い、「アポなしでもいいから、今すぐ南米に飛びなさい」と背中を押しました。同国では年齢別だけではなく、身長別の人材育成プログラムを取り入れていました。これは他のスポーツの育成でも応用できますね。

――バスケ女子代表の恩塚亨監督もこの大学院で学び直しをしています。早稲田のスポーツ科学は元アスリートの第2の人生を拓く、梁山泊と化していますね。

ラグビーの五郎丸さんも教え子ですが、彼は稀勢の里さんから紹介を受けたと。2人は筋力アップという共通の課題でつながっていたようです。実は慶応大学出身の教え子も少なくありません。慶応テニス部の顔のような存在の坂井利彰さんは「有力選手をプロに引き込んで大丈夫か」と自問し、平田ゼミに入ってきました。プロテニスは世界ランキング100以内とかではないとなかなか食えない、「稼ぐ」にはどうしたらいいのかという課題があったわけです。その解決策として各地でトーナメントの主催を開始しました。日本サッカーの躍進を作った福西崇史さん、川口能活さんたちのこれからの活躍も期待しているところです。

どんなトップアスリートでもいつかは引退し、セカンドキャリアを考えなくてはいけません。私自身も42歳で官僚を辞め、教育界に転じました。その際に東京大学で数理やデータ分析を学び直し、工学博士号を取得しました。もともと文系人間だったので、苦労しましたが、新しい世界を体験できました。以来、アウエーで戦うことの大切さを知りました。そのスキルが彼らの将来の力になると思うんです。

(聞き手は代慶達也)

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