男性の育児休暇100%へ 野村不動産の女性役員が挑むD&I
人的資本経営を解く!野村不動産ホールディングス執行役員の宇佐美さん
「不動産は男社会」というイメージは依然強い。野村不動産ホールディングス初の女性執行役員となった宇佐美直子さんは新築マンションの販売担当、「家を売る女」からキャリアをスタート。現在は人材開発担当として、多様な人材が活躍するダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進や人材育成に力を入れている。男性の育児休暇取得率は2022年度の38%から23年度には100%をほぼ達成する見込みだ。業界の常識を覆す同社の人材戦略について聞いた。
夫の協力で子育てと両立 健康経営銘柄に初選定
――宇佐美さんは子育てと仕事を両立させてきたそうですね。男性社会の不動産業界で女性がキャリアアップするのは至難の業ではないですか。
確かにオジサン業界と言われていましたが、当時の私にとってはその方が気楽な面もありました(笑)。入社後に住宅の営業からキャリアが始まりましたが、顧客とのやり取りは楽しくて充実していました。結婚して2人の娘に恵まれましたが、夫が協力的で運が良かった面もあります。新聞記者で夜型勤務だったので、昼夜でうまく子育てを引き継げたのです。もちろんいろいろ苦労した面もありましたが、今も夫には感謝しています。
――不動産会社は忙しくてモーレツに働くというイメージもありますが。
ありがたいことに経産省と東京証券取引所が共同で実施する「健康経営銘柄」に2024年度初めて選定されました。今年度の受賞は業種別の不動産では当社のみとなります。独自の e-learning によるヘルスリテラシー向上や、女性特有の健康課題に向けた制度導入や産婦人科医によるセミナー等、「健康経営」に向けた各種取組みが評価されました。
――D&Iを推進していますが、現在の女性管理職比率はどのぐらいでしょうか。
野村不動産グループでは11.4%と2ケタを超えています。野村不動産単体では5%台にとどまっていますが、どんどん女性を登用しようと、無理やり、女性管理職を増やすことには抵抗を感じています。ただ、きちんと評価されて部長になる人は着実に増えています。新卒社員もほぼ男女半々なので、結果的に女性のリーダー層は上昇してゆきます。女性マネジメント職層比率は現在の13.9%から2030年に20%に達するとみています。
多様な人材活躍に力を入れる宇佐美さん
マイノリティ理論研修を実施、15%未満はバイアスの対象に
――どのように女性活躍を推進していますか。
私は「女性活躍」という言葉には違和感を持っています。何も女性ばかりが活躍する必要もないだろうと。外国籍やLGBT(性的少数者)、障害者、誰もが活躍して、成長できるよう職場づくりを目指した「マイノリティ理論研修」を実施しています。組織学的に何らかの属性、例えば、女性の場合、組織の中で15%未満となると、バイアス(偏見)の対象になり、浮く存在になることが知られています。
バリバリ働く女性の場合は、「彼女はきつそう」とか、実際はそんなことはないのに、悪い形で目立ってしまう。しかし、この数字が30%以上になると、自然とこの手の偏見は消えてしまうそうです。「私なんて」という人はいますが、「怖がる必要はないよ」と座談会などを通じて話し合う機会を設けています。
――D&Iを推進する会社が増えていますが、「多様性のある会社は本当に成長するのか」と疑問視する社員もいます。D&Iはどんな効果をもたらすのでしょうか。
実は23年度に男性の育児休暇取得率が100%をほぼ達成する見込みとなりました。22年度が38%だったので、わずか1年で大きく改善したわけです。男性にも1カ月間の有給休暇取得を認めるなどの施策が奏功しました。この男性の育児休暇取得は職場の働き方を変える大きなきっかけになると考えています。
チームメンバーが1人抜けて、他の誰か1人が犠牲になるというわけにはいきません。チーム内でうまく仕事をシェアしようとか、デジタル対応できないかとか、ここはムダだから断捨離しようとか、これまでの業務を見直し、効率化する足がかりになるわけです。
D&Iは商品づくりにも効果を現すと考えています。不動産開発でも「インクルーシブデザイン」という発想を取り入れようとしています。これまでの顧客ターゲットから除外されていた人たちの意見も聞いて、上流工程から企画開発に生かす試みです。例えば、マンションの場合、購入者となる大人の男性や女性の声だけではなく、子供や障害者、LGBTなどの声も反映して生かすわけです。すでにグループの様々な施設を活用して多様な人たちの意見を聞くイベントを逐次開催しています。
経営人材研修は8カ月、他流試合で伸ばす
――従来とは異なる人材と交流すれば、新たな発想を持つようになるわけですね。一方で経営人材や次世代のリーダーの育成はどのように進めていますか。
私たちのグループでは22~70歳までのキャリアについて考えています。新人や若手、次世代リーダー、経営人材の育成など階層別の合同研修を積極的に実施しています。例えば、部課長級のマネジメント層を対象とした経営人材育成の研修は8カ月間かけてやります。前半は国内のビジネススクールなどで「他流試合」に臨み、後半で経営側に様々な提案をしてもらうようにしています。ゼロワン型の新規事業提案ではなくても、従来の事業をもっとカイゼンしたりするそんな提案でもいいわけです。
私も会社から東京理科大学大学院のMOT(技術経営専攻)に派遣され、2年間学びました。もともと文系ですし、他の方は理系人材ばかり、自分なんてついていけないのではと心配していました。しかし、逆に自分の強みを発見できました。顧客第一、マーケットインの発想の強さを改めて認識しました。他流試合は個の成長に大きなプラスになります。
住宅ローン制度も先駆け、イノベーション人材育成に力
――研修での大きなテーマ、目標は何でしょうか。
個人的なスキルや知識は自分で身につけて欲しいと考えています。私たちが目指すのは常に成長し、新たなことに挑む人材の育成です。野村不動産グループは、他の大手不動産のような大きな資産があったわけではなく、独自のビジネスモデルを創り、新たな市場を開拓してきました。1960年代に業界で初の都市ガスと給排水のインフラを備えた大規模宅地開発を手掛け、「住宅ローン」の前身となる「住宅信託制度」も創設しました。このような企業文化、理念を実行できる人材の育成を心がけています。
――分譲マンション「プラウド」がブランド化するなど業績は好調に推移していますが、今後の人材面の課題は何ですか。
他のデベロッパーにはなかったのですが、早い段階から一級建築士などからなる技術者集団をインハウス化していました。建設会社との交渉でもプロの目で確認し、高品質の建築物がつくることができたわけです。住宅以外でも「PMO」と呼ぶ中規模オフィスブランドなど、かつて新規事業であったものが、現在は既存事業となり、中核事業のひとつとなっています。一方で現在はまた新たなイノベーションを起こす人材育成に本腰を入れていく時期に差し掛かっていると考えています。
(聞き手は代慶達也)