人的資本経営、3割強が投資対効果に課題感 テルモ・三井住友トラストの対処法
人的資本経営を解く!人材育成やダイバーシティなど人的資本経営の推進が日本企業に求められている。日本経済新聞社とワークス・ジャパン(東京・千代田)は大企業などを対象に人的資本経営の調査リポートを策定、3月下旬にセミナーを開催した。8割の企業が人的資本経営に手を打ち始めたと回答したが、「投資対効果の測定が困難」など課題も少なくない。京都大学経営管理大学院の鵜澤慎一郎特命教授を進行役に、先進的な取り組みを進めるテルモの経営役員CHRO(最高人事責任者)の足立朋子氏と三井住友トラスト・ホールディングス執行役常務の藤沢卓己氏に対談してもらった。
ROIの数値化は困難 人事戦略と経営戦略の連動が大事
鵜澤 今回の調査によると、人的資本経営について大半の企業(82.1%)が取り組みを始めていますが、課題も多い。最も多かったのが「投資対効果の測定が困難」(38.2%)という回答でした。実際、人材投資のリターンを数値化するのは容易ではない。時間もかかる課題でもあります。どう対応していますか。
藤沢 確かにROI(投資収益率)の数値を出すのは非常に難しいと考えています。人材育成のための1人当たりの研修時間や投資額の数字は出ますが、リターンとなると、単純な可視化はできません。ただ、人材投資に関してはストーリー性を重視しながら、様々な取り組みをやり、情報開示するように心がけています。私たちの会社は信託をベースに資産運用・資産管理や不動産などの事業に注力しています。各分野の人材にどう投資してゆけば、それぞれの人材がワクワク感を持って育ってもらえるか。サスティナビリティーや社会貢献も意識しながら、ストーリー性を持たせて、積極的な人材育成を進めています。
足立 テルモでは人事戦略と経営戦略を連動させることが大事だと考えています。私たちはグローバル市場に医療機器やサービスを提供しています。今後、世界で更に成長してゆくために、デバイスからソリューションへというビジョンを掲げ、デジタルトランスフォメーション(DX)などの変革を推進しています。そうした経営戦略を支えるためにどのような人財戦略、育成施策が必要かを考えて実行しています。
テルモは世界で約3万人の「アソシエイト」と呼ぶ社員がいますが、実に8割が日本以外の国や地域で働く社員です。このため多様性や公平性、包摂性を重視してグローバルリーダーの育成に注力しています。まだ投資対効果を計るのは難しいですが、戦略と意図を明確にしてアクションし、モニターしながら成果を出してゆきたいと考えています。
人的資本経営セミナーで活発に議論する足立さん(右)と鵜澤さん
3階層に分けてグローバルリーダー育成 社内大学を設置、一橋大と連携も
鵜澤 人事目線ではなくて経営目線で人材投資・育成を進めるのが大事。両社とも必要なビジネスから考えて投資を進めるという点は共通ですね。
次の課題ですが、女性管理職比率などダイバーシティの情報開示(66.0%)は最も進んでいますが、後継者育成計画の情報開示(8.8%)は非常に低い。日本の経営者と海外の投資家の間でタフな対話となることが少なくない。日本企業でもグローバル企業に成長したなら、必ずしも日本人トップでなくてもいいのでは、という問いに対して適切な回答を返していません。経営トップの後継者育成、次世代リーダーや管理職の育成は大きな強化ポイントだと考えます。いかがでしょうか。
足立 戦略的なグローバルリーダーの育成のために人財プールをつくるようしています。経営層、中間層、若手層の3階層に分けて人材育成にあたり、人材のパイプライン(候補)を拡充しています。国や地域に関係なくリーダー育成を行い、その人たちがグローバルリーダーのコミュニティーとなり、組織を強化していくことを狙っています。
藤沢 「SuMiTRUST University」という社内大学を設置し、階層別研修や次世代リーダー育成などに当たっています。一橋大学大学院などと産学連携でプログラムを充実させて、経営人材の候補育成を進めています。20年以上前からリーダー人材の研修に力を入れており、この卒業生から高い確率で役員など経営陣になっています。
鵜澤 最近、社内大学を設置する企業が増えています。一方で成長の源泉はあくまでOJTだという会社もありますね。
藤沢 社内大学では既存の業務スキル向上よりリベラルアーツ(教養)などの比重を高めています。将来の経営人材やリーダー候補のメンバーを選抜して、大学の先生から直接指導する環境も提供しています。今後求められる能力やスキルも変わってゆくので、リベラルアーツ教育を重視して、人間力も高め、学びの楽しさを味わいながら、自分で深く考え、行動する力を養いたいと考えています。
足立 経営チームで将来のグローバルリーダーに必要なスキルやコンピテンシーは何かを真剣に議論して、それに沿った内容でリーダー育成のためのコンテンツをアップデートしています。座学だけではなく、リーダー候補者が互いに鼓舞し合ったり、経営層のポジションを疑似体験したりするなどの研修も進めています。
オンラインで参加した藤沢さん
新入社員は男女半々 100人の女性のリアルを経営陣に伝える
鵜澤 実際の女性活躍の環境づくりは進んでいますか。金融機関は今も男性優位と言われていますが、どうでしょうか。
藤沢 新入社員は男女半々の比率になってきています。社内全体でも女性比率が上昇していますが、「女性活躍」という言葉自体がなくなるようにしたいと考えています。役員をメンターとして、しっかり話し合う場を提供し、女性の視座も上がっています。トップ自身が強い問題意識を持っており、女性の社外取締役にも協力してもらい、女性が活躍しやすい会社に変わってきています。
足立 海外では女性幹部の登用は進んでいますが、それに比べると日本は少しビハインドしている状況です。ただ意識は大きく変わっています。先日も100人ほどの女性社員のヒアリングから見えてきた女性活躍のリアルな課題を役員に伝える機会を持ちましたが、やはり経営層に足元の状況や課題をしっかりと伝えること、そして経営層もそれを受けとめていくことが大事だと考えています。
必要なスキルが変化、データ活用して人材配置を最適化
鵜澤 岸田政権は、企業や個人にリスキリングを促しています。一般に言葉だけは浸透してきていますが、実際にスキル取得などの学びに時間をかける人は多いとは言えません。しかし、DXを迫られている企業は増えています。必要なスキルも変わり、人材ポートフォリオ(配置構成)も変えないといけなくなっています。米国でも人材不足となり、ジョブ型雇用からスキルベースのマネジメントにシフトしています。変革の時代を迎え、人材配置についてどう考えますか。
藤沢 人材配置を最適化するのは大きな課題です。従業員データベースを一元管理して人材採用・育成・配置にあたるため、タレントマネジメントシステムを導入、スキルを可視化して、ミスマッチが起こらないようにしたいと考えています。多くのリーダー人材はプロジェクトマネジメントなどを通じて、修羅場などの経験を重ね、決断力や胆力を身につけています。そのようなプロセスの見ながら、最適の人材配置を考えています。
足立 確かに米国はスキルベース型の雇用システムに移行しています。ビジネスの変革期を迎えるなか、会社と各社員のベクトルをうまく合わせてゆくことがますます重要になると思います。「タレントマーケットプレイス」という人事プラットフォームで、従業員のスキルとキャリアビジョンを理解した上で、AIも活用し、プロジェクトやネットワーキングの機会とのマッチングを図る仕組み作りを進めています。テルモには多様な人財がいますが、公平な環境で適所適材の人材配置を進めてゆきたいと考えています。
鵜澤 人材の配置には課題も少なくない。大手の金融機関の場合、全国に転勤する仕組みがあります。働き方改革が進んでいますが、若手の価値観にそぐわなくなっているとの指摘もありますね。
藤沢 そこは悩ましい問題です。今は自分でキャリアを設計するのが当たり前の時代。主体的にキャリアを考え、勝ち取る、つかみ取るわけです。そのために自分で必要と考えれば、異動もすると。私たちも新しい時代に適合した制度に変更してゆこうと考えています。
(敬称略)