女性活躍企業でも男女賃金格差10:5多く 成蹊の江川学園長
人的資本経営を解く!成蹊学園の江川雅子学園長
2023年は「人的資本経営の元年」だった。日本の上場企業は、ダイバーシティや人材育成など非財務情報の開示を始めた。ただ多くの企業は女性役員や管理職の比率が低く、男女の賃金格差も依然大きい。なぜダイバーシティは必要なのか、欧米系投資銀行で活躍、2009年に東京大学初の女性理事、22年4月に成蹊学園初の女性学園長に就任した経営学者の江川雅子さんに聞いた。
東大卒業して外銀、女性は社費留学の対象外
――1980年に東大を卒業してなぜ外銀に入行したのですか。
当時、女性の就職先は限られていました。公務員か教員か、そのぐらいですね。一般の企業は、男女雇用機会均等法の施行前ですから、女性は「お茶くみ」のような仕事しかありませんでした。高校時代に留学経験があり、東大で国際関係論を専攻したので、米国系のシティバンク(当時)に入行しました。
――当時の外資系企業ではあまり男女格差はなかったのですか。
それがシティバンクは日本に進出して長かったので、日本的な雇用慣習に染まっていました。女性には研修を受けさせてくれなかったり、泊まりがけの出張はNGだったりとか、色々な制約がありました。社費のMBA(経営学修士)留学も女性は対象外でした。それで84年に外部の奨学金を得てハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に留学しました。
――その頃は、米国の経営大学院に進学する日本人の女性は限られていたのでは。
都銀大手・商社などの大企業は有能な男性社員をどんどん留学させていましたが、女性は自費留学で少数でした。当時はHBS自体も男女比は8:2ぐらい。ダンスパーティが開かれる時、「セブンシスターズ」と呼ばれる名門女子大から団体でバスに乗って押し寄せるというありさま。なんか、東大と周りの女子大との関係と変わらないなと(笑)。
しかし、今は全然違います。欧米の有力大学はダイバーシティに力を入れていますから、男女比はほぼ半々。理系大のマサチューセッツ工科大でも2004年に女性学長が誕生しました。実は成蹊大学も女子学生比率は4割強ですね。
ダイバーシティはイノベーションにつながると語る江川学園長
多様性が革新を 三井物産、社外取6人中4人が女性
――米ニューヨークの金融街ウォール街のソロモン・ブラザーズ(当時)に入行します。ユダヤ系の投資銀行として有名でしたが、ここも男性社会ですか。
女性の上司の姿はほとんどなかったですね。M&Aや資金調達を担当する部門は特に保守的な世界で、閉じた人脈での付き合いで成り立っていました。しかし、2000年前後から少しずつ女性が増え始めました。01年にHBSの日本リサーチセンター長になったのですが、ニューヨークの投資銀行から管理職として戻ってこないかと誘われました。
――なぜ多様な人材の集まる環境にシフトしていったのでしょうか。
企業も大学もそうですが、多様性を向上させると競争力が高まります。当然、女性や外国籍など様々なタイプの人々を対象にした方が、人材プールが大きくなり、より優秀な人材を獲得できます。第2に同質性の高い人で集まると、同じような考え方ばかりになってしまう。多様な人材が集まれば、Group Think (集団浅慮)を防ぎ、議論を通じてより良い意思決定ができると、そこに気づいたわけです。
マッキンゼーなどの戦略コンサルも多様な人材の企業の方が利益率も高くなるという調査報告書をまとめています。第三に、イノベーションを生むために多様性は不可欠です。イノベーションは既存のものの新しい組み合わせですから、多様なバックグラウンドの人たちの交流の中から生まれるのです。ルネサンスはその好例と言えますね。
――三井物産などで社外取締役を務めていますが、多様性のある環境ですか。
三井物産の場合、取締役会メンバーは15人で、うち社外取締役は6人。実は社外取の4人は女性なのです。外国籍も3人います。まだ生え抜きの女性取締役はいませんが、多様なキャリアの女性や外国籍のメンバーで構成されています。
経営学者の江川さんが女性初の学園長に就いた成蹊学園 成蹊大の男女比は6:4
国認定の女性活躍企業に男女賃金格差10:3も
――ハーバード大のクラウディア・ゴールディン教授は、23年に「男女の賃金格差」の研究でノーベル経済学賞を受賞しました。日本の労働市場にも触れ、なお男女の賃金格差は大きいと指摘しています。
日本でも女性の就業率は上昇していますが、パートなど短時間労働が多いので、歴然とした男女の賃金格差が生じています。私はこれまで男性を10とした場合、女性は7程度かと思っていましたが、あるデータを見てがくぜんとしました。国の女性活躍推進法に基づく「プラチナえるぼし」認定企業に全国の40社あまりが選ばれています。しかし、その認定企業の男女の賃金格差を見ると、10:5〜6が多く、中には10:3という会社もありました。
これは単純に男女の従業員の賃金総額を1人当たりで割って比較した数字で、同一労働同一賃金という同じ仕事をしている労働者の男女格差ではありません。しかし、女性活躍でお墨付きの企業でも、こんなに男女格差があるのかと改めて驚きました。
――最近、ダイバーシティ重視のメルカリでも男女で37%の賃金格差が生じていると話題になりました。なぜ日本の企業は依然として男女格差は大きいのでしょうか。
もちろん女性の場合、出産・育児などを機に一度会社を離れ、勤続年数が短くなるなどライフイベントの関係もありますが、役員・管理職に女性が少ないのが大きな問題です。最近は企業も女性管理職を増やそうとしています。しかし、実態はハードな仕事をこなす中枢の部長などに登用されるのは圧倒的に男性が多いのではないでしょうか。
男性の上司は、彼女は有能だけど、経験が乏しく、子育てもあり、大変そうだなと思い込みがちです。だから、出張を少なくしたり、転勤させなかったり、比較的に負担の軽い役職にしようかとか、上司が勝手に「配慮」してしまったりしている。しかし、女性の中にはもっとハードな仕事を経験してキャリアアップしたいと考える人も少なくない。このようなアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に課題を感じますね。
早回しキャリアで女性の人材育成を
――最近はパワハラやセクハラが問題になりやすこともあり、特に若い女性の育成に悩む男性上司が少なくありません。どう対処すればいいのでしょうか。
勝手に配慮などせず、事前に本人と相談すればいいのです。中央大学の佐藤博樹教授は、女性のライフイベントの前に早回しで様々な部門を経験してもらえば良いと提案しています。20代のうちに複数の部署を経験させるのは「早回しキャリア」などと呼ばれており、キリングループなど大企業も女性活躍の育成方針として掲げています。
短期間に色々な仕事をこなし、上司が適切なフィードバックをしていけば、本人は自信がつきます。フィードバックを通じて部下を育成するのは上司の責任ですが、女性の部下にそれができていない上司がいるようです。確かにライフイベントはありますが、欧米の企業は男女の違いで仕事の役割を変えたりしません。女性だからと変に意識せず、しっかりと対話して仕事を任せ、育ててゆけばいいと思います。
(聞き手は代慶達也)