マツダ、新入社員も一緒に組織風土改革 ソフト技術者も積極採用
人的資本経営を解く!マツダの人事戦略を担う竹内都美子・執行役員兼CHRO(最高人事責任者)。もともと評価ドライバーも務めた技術部門のエンジニア、同社初の量産電気自動車(EV)の主査も経験、マツダ唯一の生え抜き女性役員となった。EVや自動運転など変革期を迎える中、どのような人材を確保・育成して生き残りを図るのか、竹内さんに聞いた。
町工場の社長になったつもりでEVの主査に挑戦
――マツダ初の女性主査を務めたそうですが、主査は「自動車業界の花形リーダー」と呼ばれます。開発・生産のみならず、販売サービスに至る新車づくりのすべてプロセスを主導するプロジェクトリーダーですが、どのようにして巨大なチームをまとめたのでしょうか。
上司からは、経営者としてしっかりと自らが目配りしている「町工場の社長」になったつもりで取り組むようにアドバイスされました。確かに主査はエンジニアの延長ではなく、商品の企画・デザインから財務、原価管理、製造、販売、カスタマーサービスに至るまで社内のあらゆる部門のメンバーと協議しながら、意思決定しないといけません。小さい会社の経営者のような存在。しかし、技術部門以外は知らないことだらけです。そこで各部門のメンバーの意見をまずは徹底的に聞きました。製造や販売など部門ごとに意見は異なります。ただ単にいいねと言うわけにもいきません。顧客や会社が求めるモノは何か、絶対譲れないのはクルマの安全性、そしてコストです。その辺を踏まえながら、各部門のA案やB案を聞いて、もっと対話して新たなC案でいこうと、そういう風にプロジェクトを進めてゆきました。
――技術分野以外の知識やスキルについて、どのようにリスキリングというか、学んだのでしょうか。
各現場のプロを訪ねて回り、教えを請いました。例えば、コストなどの原価管理に関しては最初、その部門の新入社員向けの資料をもらい、さらに部長に家庭教師までしてもらって、マンツーマンで教えてもらいました。
――マツダ初の量産EVの商品化というのは、イノベーション分野でもありますから従来の新車づくりよりはるかに難しいですね。
開発、製造、販売サービスなどすべての分野のメンバーにとって初経験の挑戦になりました。EVの主要な部材はモーターやバッテリーになりますが、工場の量産ラインにバッテリーの組み立て・搭載など装置というか、新たな仕組みもつくらないといけません。それにEVの場合、製造から廃棄までのライフサイクルもガソリン車とは大きく違います。電池の寿命の問題もありますが、お客様の中にはスマートフォンのような感覚でEVに買い替える方もおられ、その場合はガソリン車よりもライフサイクルが非常に短くなります。バッテリーの特性もあり、リユース価格も内燃機関の車より早いペースで大きく下がります。従来とは異なる課題の商品づくりとなりました。
ベテラン社員はスキルの継承役 キャリア採用300人に
――EV化には課題も少なくありませんが、自動車産業が変革期を迎える中、人材のリスキリングが必要と言われています。中高年の社員の学び直しは難しいといいますが、どう対応していますか。
自動車業界では、一時は全従業員がリスキリングしないといけないという雰囲気でしたが、今はそれほど声高には言われません。もちろん電動化など技術革新が進むなか、知識やスキルのアップグレードは欠かせません。若手や中堅のリスキリング支援はやっていますが、ベテラン社員の場合、これまでに培ってきたスキルやノウハウをいかに継承するか、うまく言語化して残すことが大事だと考えています。
一方でEV化や自動運転などの技術革新がものすごい勢いで進んでいるは事実です。その解決策として2つの方法で対応しています。1つは技術のある外部の企業や人材とつながり、ソリューションをつくること。もう一つは新たな人材をキャリア採用して即戦力とすることです。電動系のエンジニアやソフトウエアの技術者を積極的に採用しています。2025年度の新卒採用計画は技能系を含めて427人程度ですが、それに加え、キャリア採用は約300人と昨年実績比で2・5倍に増やす予定です。
このため東京・六本木に「マツダイノベーションスペース東京」という拠点を新設しました。ここはデジタル関連の人材採用や社内外の人材との交流拠点として活用しています。セミナーやワークショップを催しています。また「AI道場」というデジタル人材の育成の場も設けて、「黒帯」などの評価制度も設けました。
経営人材には3カ月間集中研修、女性管理職100人へ
――新入社員など若手人材にはどのような研修をやっていますか。
24年度から新入社員研修のやり方を少し見直しました。基本的な座学は入社前にeラーニングなどで学んでおいてもらい、入社後はコミュニケーションなど体験が必要な研修に特化することで研修期間を短縮しています。一方で、新入社員にも入社早々に全社を挙げて取り組んでいる組織風土改革「BLUEPRINT(ブループリント)」プログラムに参加してもらっています。マツダのパーパスは「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」。このパーパス実現を目指す、顧客志向と従業員エンゲージメントを高めるための体験型プログラムになります。お互いに認め合い、誠実に対応して、思いを伝えてゆく。新入社員も含めて全従業員で体験しながら学ぶことを目的としています。
――経営幹部などリーダー層はどのように人材育成していますか。
2009年から「マツダ経営塾」という本部長クラスを対象にしたリーダー育成プログラムを実施しています。各本部長が部下の部長などに権限委譲して、3カ月間通常業務を離れ、5〜6人単位で缶詰になって経営人材になるための研修に集中します。メンタリングなどを受け、経営会議に参加して、実際の経営者の視点も学びます。今秋からは第三者のアセスメントを通じて各本部長を評価、その本人に必要なオーダーメード型の研修にも乗り出します。
――自動車業界は男性社会というイメージが強いのですが、女性管理職などダイバーシティ対応はどこまで進んでいますか。
女性管理職比率は23年度で4・3%、自動車メーカーでは平均的な数値だと思います。23年度の女性管理職数は71人でしたが、現在の9月1日時点で80人、25年度中に100人に引き上げる予定です。女性管理職は販売部門には比較的多いのですが、やはり研究開発・技術本部に少なく、そこが課題です。役員も女性の社外取締役は2人いますが、生え抜きの女性役員は私1人だけです。入社して主に技術部門を歩みましたが、いつも女性は私1人というケースが多く、以前は職場のそばには女性のトイレもないこともありました。
しかし、今は改善されています。かつて米フォード・モーターと資本業務提携していた関係から、早い段階で社内託児所を設けるなど、子育て支援などで進んでいた面もありました。この7月にはダイバーシティ推進グループを立ち上げ、女性のみならず、障害者やLGBTQの方の活躍を支援する体制を整えています。本部長をメンター役とした女性管理職の研修を始め、女性幹部をどんどん登用したいと考えています。
――新たなテクノロジーの変革期に直面しています。次世代に求める人材像とは何でしょうか。
我々のパーパスにもある「前向き」、そして「感情」という2つのワードを大事にして人材育成に当たっています。常に前向きに取り組み、ポジティブに顧客の求める商品づくりに挑戦する。イノベーションが急速に進む中、外部の会社や人ともつながっていかなくてはいけません。感情というのは、人間は本当にうれしかったり、悲しかったり、そんな強烈な感情を覚えないと記憶には残らないからです。みんなが驚くクルマをつくりたいね、とまず従業員が強い感情を抱かないと、お客様にも伝わらない。常に前向きに取り組み、感情の豊かな人材を育て、企業としての生き残りを図ってゆきたいと考えています。
また、マツダの本社のある広島県は、人口の転出超過対策として働く場所として魅力的な街づくりのため、「HATAful(はたフル)」プロジェクトを推進しています。地元とも一緒になって人材の育成に取り組みたいと思います。
(聞き手は代慶達也)