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人的資本経営が求められる4つ目の理由

横山貴士のHCM CAMP #2

「企業は誰のものか」。古くて新しいこの問いを抜きに人的資本経営は語れない。本質的な論点と具体的な事例を交えて解説する『「人的資本経営」が一からわかる本』の著者、横山貴士さんはHRビジネスに20年近く携わってきた。第一線で活躍するコンサルタントによる人的資本経営の実践を学ぶ「HCM CAMP」シリーズ。

トランスフォーメーションの潮流

連載の初回で人的資本経営は一時的なブームではないことをお伝えしましたが、そもそもなぜ人的資本経営が求められているのでしょうか。拙著『「人的資本経営」が一からわかる本』の中では、理由として以下の3つを挙げました。

①儲かるから(企業価値が高まるから)
②人口が減っているから(生産性を上げなくてはいけない)
③世界的なトレンドに合わせなくてはいけないから

実は「4つ目の理由」があります。DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)に代表される、ビジネスモデルの変換(トランスフォーメーション)の潮流です。

人的資本経営とは「働きがいや働きやすさを向上させる経営のこと」と前回のコラムで定義しました。働きがいや働きやすさは教育や制度によって改善されます。その結果、良い商品・サービスが生まれ、情報が集まり、会社にお金が増え、人的資本に再投資できる、という循環が生じます。商品・サービスがコモディティ化されたいま、このサイクルは不可欠です。

例えば、スマートフォン本体やそれに付随するイヤホンなどの付属品市場では、多くのメーカーが似たような商品を販売していて、没個性化が進んでいます。キャッシュレス決済システムのようなサービスを見ても、〇〇ペイというサービスが乱立していて、コンビニのセルフレジでどれを選べばよいか困惑した経験がある方も少なくないのではないでしょうか。

人的資本とは、人そのものやその人が持つスキルを指します。スキルは教育によりある程度真似することはできるでしょう。しかし、人を真似することはできません。同じ人など二人としていないのです。個人固有の個性と創造力(想像力)がトランスフォーメーションの源泉となるのです。

どんなに独創的なアイデアに基づく商品・サービスで市場を席捲したとしても、いずれはコモディティ化するでしょう。しかし、創造力(想像力)をもった人的資本を向上し続ける企業は、消費者や投資家などから高い評価を受け、企業価値を高めるはずです。投資とは将来への期待であり、そのような人的資本が集まった企業は経済価値をうみ、社会を良い方向へ導いてくれると期待されるのです。実際、その代表格であるGAFA(*)の企業価値は世界上位に位置していることからも納得できるのではないでしょうか。企業が人的資本経営に取り組む理由はここにあります。

*GAFA…米国の主要IT企業4社Google, Apple, Facebook, Amazonの頭文字をとった呼称。Facebookは現在Metaに社名変更

人的資本経営に取り組まない理由

人的資本経営が求められる理由を見てきましたが、積極的に取り組まない(取り組めない)企業があるのも事実です。まず、人的資本経営にはある程度の先行投資が必要です。厳しい経営環境の中、投資を実行できる状況にない場合もあるでしょう。人的資本経営が大きなうねりであることは間違いありませんが、まずは、可能な範囲でできることを優先し、機が熟すのを待つのがよいでしょう。

また、投資余力はあるものの、優先順位として営業活動などを先に掲げている企業もあります。スタートアップ企業はそうでしょう。この場合も、できることを少しずつ整理し計画を立てて進めるとよいと思います。人的資本経営に関心がないのではなく、現在は営業活動が優先のステージであることを正直にステークホルダーに伝えます。それでも、例えばリモートワークの充実化や性別・学歴にとらわれない公平な人事評価をアピールすることで、就職を希望している学生や転職希望者の理解を得られると思います。

そもそも人的資本経営に懐疑的という企業もあるかもしれません。たまに聞くのは、情熱ある若手が人的資本経営を推進しようとするものの、経営陣の理解を得られないというものです。理解を得られない理由の多くは、データで証明されていないというものです。物事の因果関係を証明するのは非常に難しいです。

ただ「人的資本投資と株価の連動」や「エンゲージメントの高さと企業価値の相関関係」など様々なデータが公開されてもいます。データが出そろうのを待つのか、データがなくとも決断するのかの違いです。これは各企業の経営観の違いですから、外部の者が口をはさむ余地はありません。人的資本経営はその名の通り経営レベルの話であり投資も必要です。経営陣の理解なくして進めることはできないのです。

取り組みをアピールしよう

今回のコラムでは、人的資本経営が求められている理由と、取り組まない(取り組めない)理由の両面を見てきました。それぞれ事情がありますから、あおるつもりはありません。ただ、人的資本経営に取り組んでいる姿勢はぜひアピールしていただきたい。

とくに、大企業や有名企業といった分類に属さない企業にはお薦めしたいです。これまでブラックボックス化していた人的資本情報が公開されるのはある意味チャンスです。なぜなら、まじめに仕事に取り組み、従業員を大切にし、取引先とWIN・WINの関係を築いてきた企業には、必ず働きがいや働きやすさを向上させる仕組みがあるからです。それを言語化して公開すれば、自社の優良さを投資家や金融機関、就活生などステークホルダーに知らしめることができます。公開されることとは比較されることです。これまでまじめに取り組んできたことについて自信をもって公開してみてはいかがでしょうか。

横山貴士
【プロフィール】
パートナーコンサルタント
三井住友銀行グループのコンサルティング会社で約10年、人材育成施策の企画などを担当。2016年事業構想大学院大学で「組織×構想」について学び、独立起業。大手出版社の研修ビジネス立ち上げ支援、ビジネスコーチ(現東証グロース上場)顧問などを歴任。18年よりパートナーコンサルタントとして日本経済新聞社に参画、20年近いHRビジネスの経験を活かし、人的資本経営の推進や開示に関する実務をサポートしている。
中小企業診断士/ISO30414 リードコンサルタント/アセッサー/2030 SDGs公認ファシリテーター
映画・絵画・音楽鑑賞と読書が趣味。旅先では必ずクラフトビールを楽しむ。

  • 著者 : 横山 貴士
  • 出版 : セルバ出版
  • 価格 : 1,980円(税込み)

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